ハルメク編集長 山岡朝子 (No.280)


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 出版不況とされるなか、2022年12月号が50万部を超え、圧倒的な販売部数で女性誌の首位を独走している雑誌「ハルメク」。 無理なくきれいが続く片付け特集や、50代からのスマホ特集など、独自の切り口で、多くのシニア世代の女性から支持を集めています。

この「ハルメク」の誌面を大幅に刷新し、読者数を3倍以上に伸ばした立役者が、編集長の山岡さん。 現在は、「ハルメク365」というオウンドメディアを立ち上げ、読者向けに1000人規模のオンラインイベントを行うなど、紙媒体にとらわれず、新たな挑戦を続けています。


女性誌ハルメク


 「ハルメク」という雑誌の編集長をやっています。ご存じのない方のために少しご説明すると、「ハルメク」という雑誌は定期購読のみで、書店には並んでいません。さらに、当社は普通の出版社とは異なり、出版している雑誌は「ハルメク」の一誌のみ。その代わり、雑誌を購読してくださる読者の方向けに、通販事業やイベント事業などさまざまな事業を展開しています。

読者の大半は50代以上で、メインの読者層は60〜70代の女性たち。彼女たちが読んでいて楽しい気持ちになれるような誌面づくりを常に心掛けています。年齢を重ねると体調や将来の不安など心配ごとはどうしても増えていくもの。そんなときに「ハルメク」を手にとっていただいて、少しでもハッピーな気持ちになっていただけたら。私自身はこの仕事を、ハッピービジネスだと捉えています。

「ハルメク」をきっかけに、通販やイベントなどで読者の方々とさらに深くつながることができるのも当社の魅力だと思います。

雑誌を知って「ハルメク」を好きになっていただくと、一緒に送られているカタログや主催するイベントも「私にピッタリ」と思ってご興味を持ってくださるようになる。自然と事業同士が連携して、ひとりのお客さまに対してさまざまな提案ができるような構造にしています。

例えば、毎年「ハルメク」のオリジナルお節料理を楽しみにしていただいている方がたくさんいたり、雑誌で人気の先生の講演会には、オンラインを含めて1200人近くの方々に参加していただいたり。雑誌を読むだけでなく、おいしいものを食べたり、お洋服を買っておしゃれをしたり、イベントに参加したりと、シニアライフをさらに楽しめるようなモノやコトがいっぱいそろっている世界。そんな世界のことを、私たちはハルメクワールドと呼んでいます。

ハルメクワールドをさらに広げることによって、世界一長生きする日本のシニア女性に、「年を取るのも悪くない」「まだまだ楽しいこと、チャレンジできることがいっぱいある」と思っていただけるような明るい社会に貢献すること。それが私の志であり、ミッションです。


組織の風土改革


 ヘッドハンティングされて編集長に就任した当時は、部数が伸び悩み、売り上げが低迷していました。「ハルメク」が会社全体のお客さまの入口になっているため、雑誌の売上がそのまま会社の業績に直結することになります。社内の雰囲気も良いとは言い難く、離職率も高い状況が続いていました。

新編集長として私に求められていたのは、早急に誌面をリニューアルし、コンテンツ事業を成長させることでした。このまま数字が伸ばせなかったら、会社がつぶれてしまうのではないか。そんなプレッシャーを常に感じていました。

印象に残っているのは、入社間もないころに参加した新聞広告の内容を決めるグループインタビューです。このグループインタビューはマーケティング部門が主体となって進めており、その当時、編集部はほとんど関わっていなかったので「え?編集長が来るんですか?」と会議に出たら驚かれたほど。そこで見聞きしたのは、「ひとり老後に備える」という見出しに参加者の方々がダメ出しをする様子でした。「まず一人じゃない。夫もピンピンしています」「老後の“老”っていう文字が大嫌いなのよ」。

参加者の方々の言葉は、実は私自身が持っていた仮説を裏付けるものでした。当時の特集内容は、年金不安や介護、病気など、言葉を選ばずにいえば「楽しくない」特集ばかり。この辺りが読者離れにつながっているのではないか、と考えていたのです。

特集のテーマを考えるにあたって、シニア世代は社会問題を好むと、作り手が思い込んでいないか。興味を持つのは、膝の痛みや腰痛だと決めつけていないか。もちろん、年齢に伴う悩みはありますが、60代や70代の女性たちも、ファッションや美容に興味があるかもしれない。毎月届く2000枚以上の読者はがきの全てに目を通し、私たちが作るべきなのは、シニア誌ではなく、シニア世代の女性誌なのだという確信を得たのもちょうどこのころでした。

ちなみに、グループインタビューの後、ほぼ責了まで進んでいた誌面に手を入れ、「ひとり老後に備える」という見出し以外にも、特集の見出しやリード文など変えられるところは全て直しました。その結果はすぐに部数という形に現れました。

その一方で時間を要したのは、編集部内のチームビルディングです。古くから「ハルメク」に関わっているメンバーにとっては、新参者がいきなりやってきて歴史ある誌面をあれこれ変えるのは面白くなかったでしょう。部数増についても「自分の手柄だと思わないでください」と辛辣な言葉をもらったこともありました。そんなときに自分にひたすら言い聞かせていたのは「怒ったら負け」ということ。今となっては笑い話ですが、会社では笑顔でやり過ごし、帰宅してからアンガーマネジメントの本を支えにしていた日々もありました。

怒りの感情に任せてしまうと、言わなくていいことを言ってしまったり、他人のせいにしてしまったりする。怒ることで、解決や成果につながった覚えがひとつもないんです。人のことをけなすより褒めたほうが、自分も相手も気持ちがいいし、人も事業も悪い面より良い面に目を向けたほうがずっといい。今までの経験からそう思うようになっていました。

事実、部数が低迷していたとはいえ、その当時で14.5万人の読者が存在し、その読者の期待に応える雑誌を長年作っていた編集部には、実力派がそろっていたのです。各部員が本来のパフォーマンスを発揮できるように、私自身は編集部内のモチベーションを高め、足並みをそろえていくことに注力していました。


最高のチームの作り方


 いざ、チームビルディングをしようというときに、会社から100%の武器を与えられることなんて、まずないと思うのです。

メンバー全員が優秀で、予算が潤沢にあって、社長がいつもバックアップしてくれるなんてことは基本的にはありえない。色んなメンバーがいるし、お金はだいたい足りないし、納期も短いし、経営者の忍耐が切れるのも早い。そんなとき、マネジメントする側は早く結果を出したいがために、つい駄目なところに目がいってしまいがちだと思います。

この人は締め切りが守れないとか、この人は文章がうまくないとか、どうしても欠点が気になって「もっと締切を守りなさい」「今ちゃんと進んでるの?」などと追求することになってしまう。でも、そうやって指摘をして、うまくいった試しがないんです。

怒って叩いて無理やり伸ばしたとしても、よくて平均点ぐらいでしょう。そうすると、全員が及第点は取れるけれど、平均的なチームが出来上がってしまいます。これでは勝てないわけです。そうではなく、得意なことを褒めて伸ばしていくと、本人もどんどん楽しくなって、200%や300%といった想像もつかないような結果を出してくれたりします。

このように全員が300%の成長をすることで、スペシャルな集団が出来上がっていくのだと思っています。締切を守れる手の早い人には、締切重視、スピード重視の企画を任せ、すごい名作が出来上がるけれど時間のかかる人には、期待しながらひたすら待つ。

一人一人の編集部員の強み、弱みをよく見て、信じて任せることで、おのずと最高のチームが出来上がっていったように思います。


二択を常に迫られる日々


 誌面の改革もチームのマネジメントも、自信を持ってやり遂げられたのは、グロービスのおかげだと思っています。

編集長という仕事は常に決断の連続です。これまでも雑誌の立て直しを任された経験は何度もありましたが、「ハルメク」のように雑誌の売上に社運がかかっているような厳しい局面に立たされたのは、初めてのことでした。判断をひとつ間違えば、命取りになる。そのような状況下で、冷静なジャッジができたのは、グロービスでGOかNO GOかの二択を選ぶ訓練を積んできたからだと思っています。

コストや市場、顧客などさまざまな判断軸から、明確な意図と覚悟を持って、どちらかひとつに決め切るという経験は、経営者ではない限り、なかなか実践で積むことはできません。グロービスでの学びは、私にとって非常に価値のあるものでした。

今でも鮮明に覚えているのは、「アカウンティング」の科目での出来事です。あるスタートアップのケース(企業事例)で、資料に示された数字を見ればどう考えても赤字。黒字に転換するには時間のかかる厳しい状況でした。クラスのどのチームも「NO GO」という判断をした後で教員がおっしゃった言葉が強烈に印象に残っています。「実現させたいことがあるから、始めるんじゃないの?」「赤字になるからやりません、というなら経営なんて学ぶべきじゃない」。

ここに数字の落とし穴があると思いました。重要なのは、数字そのものではなく、数字から打ち手を導き出して、必ず成功させるという強い意志。このときの学びは、私自身に大きな影響を与えていると思います。

グロービスに通い始めたのは、付録合戦になっていく雑誌づくりに閉塞感を感じ、マーケティングを本格的に学びたいと思ったから。当時は、ファイナンスやアカウンティングなどの知識が、役に立つ日が来るとは思っていませんでした。ホールディングスの取締役として会社経営にも携わるようになった今、グロービスで学んだことは結果的に全て役立っていると思っています。


Web誌「ハルメク365」


「ハルメク」はおかげさまで多くのシニア世代の女性からご支持をいただき、読者数も50万人を超えるまでに増やすことができました。誌面での企画と連動したイベントを行なったり、商品開発を行なったりと、各事業部との連携も非常にうまくいっていると思います。

一方で、5年後、あるいは10年後を考えたときに、私たちが幸せにしたいシニア女性に紙媒体だけでは出会えないかもしれない、という課題も感じています。そこでWebでも誌面で提供しているような良質なコンテンツをお届けできないか、という発想のもとに立ち上げたのが、「ハルメク365」というオウンドメディアです。

ここで新たに直面したのがWebコンテンツならではの難しさでした。オンライン上になった途端に、全ての情報がタダで読めて当たり前と思われてしまう。そうなると広告収入に頼らざるを得なくなり、PVを目的とした記事を量産する方向になってしまいます。また、記事1本あたりにかける時間や予算も薄くなり、本来「ハルメク」がお届けしたい良質な記事からは、どんどん離れていってしまう。

いま誌面でお届けしているクオリティをWEBでも再現するためには、やはり読者の方にお金を頂かないといけないと思っています。誰に聞いても「コンテンツ課金はどこも苦戦しているから難しいよ」と言われるのですが、強い意志をもって、Webのコンテンツそのものに対して価値を認めていただいて、有料化していく仕組みを作りたいと考えています。

当初は紙をWebにという発想だったのですが、いざ取り組んでみるとWebには紙よりもできることがたくさんあることにも気付かされました。動画をお見せすることもできるし、ライブ配信でイベントをすることもできるし、ユーザー同士がつながることもできる。とくにオンラインイベントには、非常に可能性を感じています。

オンラインイベントを開催するきっかけは、コロナ禍でした。最初はテストで10名から始めたのですが、時間になっても2名しかzoom上に現れない。一人一人にお電話をして、マイクの調整、音の出し方、Webカメラの付け方まで、口頭でご説明をしていきました。忘れられないのが、なかなかzoomがつながらなくて困っていた読者の方に、Webカメラを買って送り、ようやく接続できたとき。「この歳になってこんな楽しいことがあると思わなかった。寿命が伸びました」というお手紙を頂戴したのです。

そのお手紙を見たときに、この取り組みは続けるべきだと強く思いました。今ではどんなにネットに苦手意識がある方でも接続方法をご案内できるマニュアルも出来上がり、1000人や2000人が同時視聴できるイベントを開催できるようになっています。こうしたオンラインイベントがあることで、遠方の方や、施設にいらっしゃる方、ご家族の介護で家から出られない方など、これまでお会いできなかった方々にもお会いできる。

ユーザー同士の横のつながりが生まれ、ハルメクワールドが広がっているという実感があります。Webをうまく活用していくことで、雑誌ではできなかったシニア女性たちの新しい居場所のような、コミュニティーのようなものを新たに創ることもできるでしょう。ハルメク365と、ハルメクワールドの今後に、ぜひご期待いただけたらと思っています。





山岡 朝子さん プロフィール

大阪大学文学部卒業後、株式会社主婦と生活社に入社。2004年から10年にわたり、主に女性誌を中心に7誌の編集長を歴任した後、2017年、同社を退社しハルメクに入社。

2021年6月から株式会社ハルメクホールディングス取締役に就任。グロービス経営大学院2015年卒業。





Life Journey Produced by グロービス経営大学院 より








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