捨てられる魚たち (No.289)



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 捨てたらゴミ。食べればごちそう。未利用魚を使った奇跡の「灰干し弁当」ものがたり

フードロスをなくすためにできること


 『捨てられる魚たち』、読む前からちょっと泣きそうになるタイトルだ。 魚を捨ててしまう様子を想像すると、なんともやるせない気持ちになる。 食べられるのに捨てられてしまう食べものの問題は「フードロス問題」と呼ばれる。

これが良くないということは、おそらく誰もが感じている。なのになぜ起こってしまうのか。 そう、「つらいね、もったいないね」で終わらせるのではなく、なぜ捨てられてしまうのかを知り、 そこから解決策を考えて実行できたら、どんなに素晴らしいだろう。

本書の著者である食育日本料理家の梛木春幸(なぎしゅんこう)さんが挑んだのは、まさにそういうことなのだ。 本書のタイトルには続きがある。『「未利用魚(みりようぎょ)」から生まれた奇跡の灰干し弁当ものがたり』。奇跡のお話だ。

だから読んだあとは胸が熱くなる。子どものために書かれた本ではあるけれど、私は大人にも読んでもらいたい。

じつは漁師さんたちのとっている魚の3割ほどが、そのまま捨てられてしまっています。(中略) このように捨てられたりして市場に出まわらない魚を「未利用魚」などといいます。 大人でも、こんなにたくさんの魚が捨てられていることを知らない人はたくさんいます。

はい、まさに私です。本書によると、2022年だけでも100万トン近くもの魚が捨てられてしまっている可能性があるのだという。 この衝撃的な話から本書はスタートするが、そこからの熱さといったら!

そしてこの物語は最近あらゆる場所でとりあげられているSDGs(持続可能な開発目標)への理解と実践を表しているところも、本書の大きな魅力だ。

SDGsの話は、真面目に考えれば考えるほど「これは大変だぞ」と感じるのだが、その大変さに負けずに、絶対にあきらめない人がいるのだ。 そんな熱い人の仕事とキャリア形成が描かれている。胆力にあふれた本だ。


おいしいのに捨てられてしまう魚たち


 梛木さんは大阪の日本料理店で若くして総料理長を務める料理人だったが、お母さんの病気をきっかけに故郷の鹿児島へ戻る。 そこで知ったのが、鹿児島の漁師さんたちが泣く泣く魚を捨てていることだった。

きちんと調理や加工をすればおいしく食べられるのに、なぜ未利用魚になってしまうのか。本書は、いろんな視点からフードロス問題を見つめる。 例えば次のような背景を知ると、未利用魚の問題がそう簡単に解決できないことが大人にも子どもにもわかるはずだ。

漁師さんたちは魚をとって、それを売って生活しています。 未利用魚とよばれる魚は、売ろうとしてもとても安い値段しかつかないので、捨ててしまうのです。(中略)

「少しでもお金になるなら、売ったほうがいいんじゃないの?」 と思う人もいるかもしれません。 でも、魚を市場で売るには、魚を入れる箱や、鮮度を保つための氷が必要です。(中略) 箱代や氷代を差し引くと、漁師さんは損をしてしまうのです。


未利用魚が市場で取引されるとしたら、1キログラム50円以下。 それでは赤字になってしまう。そして解決のチャンスがゼロではないことも教えてくれる。 そのなかで私たちにもできるいちばんかんたんな方法は、「未利用魚を『未利用』にしない」ということ。 つまり、「知らない魚だから買わない・食べない」ということをやめるということです。

そう、消費者の私たちもフードロス問題に関わっている。例えば私の大好物のメヒカリも元・未利用魚なのだという。あんなにおいしいのに! 鹿児島で料理教室や食品プロデュースの仕事を始めて、それが順調に進んでいた梛木さんは、鹿児島の未利用魚の問題に取り組むことに。

魚をおいしく料理できるプロの手にかかれば、きっと未利用魚なんていなくなる……? ところがそう単純な話でもない。

「みんなが『売れない』と思っている魚こそ、売れるはずだ」 と考えたぼくは、へんな男気を見せてしまったのです。 「わかりました。その魚、1キログラム350円で買いましょう」 当時のぼくは、この判断がとんでもない苦難を自分にまねくことを、まだ知らなかったのです。

1キログラム50円以下の魚を350円で買うと何が起こるか。寒気がするような事態が待っていた。梛木さんに襲いかかる苦難からは、世界中の人たちが苦心しながらSDGsに取り組んでいるさまがうかがえる(だからみんなで考えないといけないし、チャレンジしがいがあるんだなとわかる)。


「灰干し」の発見


 未利用魚の商品化に苦心していた梛木さんは偶然「灰干し」に出合う。 火山灰をつかって乾燥させた魚の干物だ。この灰干しに、梛木さんは勝機を見る。

(略)その火山灰の「灰干し」に、鹿児島県の桜島の火山灰がつかわれることもあるということだったのです。 これを知ったとき、ぼくの頭のなかにはイナズマが走りました。

「灯台下暗し」とはまさにこのことです。 せっかく鹿児島には、日本を代表する火山、桜島がある。 だから、桜島の火山灰と鹿児島の海でとれた未利用魚をつかった灰干しをつくれば、薩摩(鹿児島の旧名)の名物にできる。


最高! しかも梛木さんがつくった灰干しはとてもおいしい。 こうして未利用魚を減らすことに成功し、多くの魚が食べられるようになったのでした、めでたしめでたし……とはいかない。

梛木さんにとって、そして読者の私たちにとっても、まったく予想もしないハードルが次から次へとやってくる。ジェットコースターのようだ。 こののち、梛木さんが考案した「桜島灰干し弁当」は、九州新幹線開通で賑わう鹿児島中央駅のお弁当販売ランキングで87ヵ月連続で1位の大ヒット商品になる。

これが本当においしそうで、お弁当のためだけに旅行したいくらいだ。 なぜ灰干しをお弁当にしたのか、そしてどうして桜島灰干し弁当が大勢のひとに愛され、農林水産省の賞を受賞するまでに至ったのか。 いくつかのタイミングで「奇跡」としか呼べないことがどんどん起こる。

梛木さんの知恵と情熱と信念がひとつひとつハードルを取り除いて、奇跡を呼び込む様子が語られる。 フードロス問題を誰にとってもわかりやすいかたちで情熱的に示してくれる良書だ。

そして食育がなぜ大切なのかが明瞭に語られている。 そしてもちろん、お腹が空いて、いただきますと手を合わせてぴかぴかのお魚たちを食べたくなる本だ。



著者:梛木 春幸(なぎしゅんこう)

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鹿児島県在住の食育日本料理家。食育の講演活動、商品開発、地域活性化事業、仕出し、料理プロデュースなどを行う株式会社樹楽代表取締役社長。

日本各地の自治体、企業、小中高等学校等で年間200以上の講演活動をしているほか、フランス、韓国、シンガポールなど海外でも各種のイベントを開催している。

地元の食材をつかって高校生たちに1日だけのレストランを経営してもらう「高校生レストラン」や、 捨てられてしまう魚を地元・桜島の火山灰を利用して干物にした「桜島灰干し弁当」を開発するなど、 食育や地域活性化を促進する活動はメディアにたびたび取り上げられる。

モットーは「ニホンの食文化で世界を笑顔にする」。










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