はせがわゆうじ
1958年、名古屋生まれ。名古屋芸術大学卒。
デザイン会社を経てイラストレーターとして独立。広告、出版の仕事を幅広く手掛ける。
著書に『ふたごパンダのこころコロコロ』(文・西島三重子)『海を見たかったかかし』(ともに中央公論新社)など。
画材は色鉛筆、ボールペン、時々クレヨン。絵を描くこと以外はのろまでまぬけなでくのぼう。
夢はのろまな人にもっとおおらかな世界になること。
――インパクトのあるタイトルに、ドキリとした方も多いのではないだろうか。
もうすぐ屠殺されることがわかっているかわいい子牛が、食べられる前に故郷の母にひと目会おうと帰省する話である。
まるで一人暮らしの大学生のように、「このすきまからよく脱走したっけ」などと故郷を懐かしむ子牛は、結局母親に話しかけられずに帰っていく。
もうじき食べられる牛に感情移入した後、どんなラストが待っているのか。
著者のはせがわゆうじさんに、絵本について伺った。
きっかけは、動物園の動物と食べられる動物は、同じようなきれいな目をしているのに、どうしてこんなに運命が違うんだろうと、ずっと考えていたことです。
あるとき交差点で、牛がたくさん乗ったトラックと遭遇したことがあって、たくさんの牛の鼻が柵の内側に見えました。
ひょっとして、この牛たちはこれから殺されに行くのかな、とそのトラックの後ろ姿を見たときに、なんともいえない気持ちになったんですね。
それを絵本に描きたいなと思いました。
でも、すごく難しかったんです。生き物が殺されるのを悲しいと考える人はいますが、人間が肉を食べるということも、いけないことではありません。
だから最後は牛が食べられて終わるのか、それが本当は食べられなかったという嘘で終わらせるのか、いろいろなパターンを考えました。
最初は本当にリアルな牛を描こうと考えたんですが、ちょっとこのままだと絵本にするのは無理だなと感じて、試行錯誤しましたね。
――この本が広く知れ渡るきっかけとなったのは、TikTokでこの絵本の読み聞かせが公開されたことだった。
その再生数がなんと300万回を超えた。はせがわさんにとっても思いがけないことだったと言う。
この本は実は、10年以上前に描いた話なんです。はじめは絵本アプリの「PIBO(ピーボ)」で公開されていた電子絵本でした。
それをTikTokに読み聞かせとして投稿した方がいて、そこでわっと広がって、共感した、考えさせられたという反響が寄せられました。
びっくりしましたね。TikTokなんて若い子がダンス動画を投稿しているような知識ぐらいしかなくて、こんなふうに使われるということが新鮮でした。
掲載承諾はしたものの、こんなふうに世界中に絵本が広まるなんて思ってもみなかったんです。
作ってから10年以上経って、これを紙の絵本にしませんかと中央公論新社の方が声をかけてくださって、2022年に出版されました。
――故郷に帰った子牛が見たのは、新しく生まれた兄弟と一緒に過ごす幸せそうな母牛。
子牛は挨拶もせずに帰ろうとするが、それに気づいた母牛が追いかけて見送ってくれる感動のシーンとなる。
それでも、これから食べられる運命にある子牛が最後に、「せめて ぼくをたべた人が 自分のいのちを 大切にしてくれたら いいな」とつぶやく。
実は、電子絵本だったときの最後の文言は、「うまれかわったら また ちょうちょさんと あそびたいな」というものでした。
あまりストレートに言うのは恰好悪いかなと思っていたんです。断定的なことは言わず、あいまいな表現にして、読んだ人に考えてほしいと思っていました。
でも紙の絵本にするとき、日本の若年層の自死がすごく多くなっている話も聞き、いろいろ思うことがあって、この言葉に変更しました。
肉を食べることで、命を取り込むのだから、簡単にへこたれないような強い気持ちを持ってほしい、という思いもありました。
絵本を読んだ方からは、本当にいろんな感想が出て、いちいちびっくりしていましたね。
「たくさんの命をもらっている以上、大事に生きなきゃ」とすごくいいと言ってくださる方もいれば、子どもが肉を食べないと言い出したらとか、やっぱり肉は食べないのがいいという菜食主義の方からもご意見もありました。
ぼくは気が弱いので、攻撃的なコメントを見るとへこんだりしていました(笑)。
でも良いか悪いかということでなく、このことについてこんなに考えてくださる方がいる、こんなに議論になるようなものを、自分が作れてよかったという思いはあります。
学校の授業で取り上げてくれた先生もいて、家畜の現実について学んだという子もいました。
――はせがわさん自身、この本に「牛がかわいそう」「命を大切にしよう」というようなメッセージを込めてはいない。
牛をめぐる食物連鎖、生き物の一生、家畜の扱いなど、読んだ人それぞれが考えればいい、そしてそれぞれの意見に耳を傾けてほしいと思っている。
食育のためにああしましょう、こうしましょうと言うのは、少し違うかなと思っているんです。ぼくはあらゆる動物が好きですが、焼肉も食べます。
よくニュースなどで、カルガモの赤ちゃんを助ける話が取り上げられますが、その後食べる鴨南蛮そばは、まあまあな割合でカルガモが入っているんですよ。
あんなに守るのに、食べちゃっている。でもそれが、宿命ですよね。
動物はかわいいから、弱いからただ守るという考え方だと、どうしても無理が出てきてしまう。
そこにひとつの正解があるわけではないように感じます。
この絵本の見方は、きっと人それぞれです。
小さい子に読み聞かせをしたときは、少しフォローが必要な場合もあるかもしれませんが、この本を読んで、話し合ってもらえたら嬉しいです。
相手が自分と違う意見だったとしても十人十色、価値観は違うものだから、おおらかに受け止めてもらえたらいいなと思います。
日下淳子(くさかじゅんこ)
編集ライター・元保育士
出版社での雑誌編集者を経て、2008年よりフリーランス。
出産を機に、絵本と子育て、暮らしを中心に編集・執筆を行っている。
現役の音楽教室講師でもあり、保育士経験があることから、親子関連の企画、運営にも携わっている。